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ドラクエ10のお遊び日記
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2016/12/19 (Mon)                  イラン その3
ひとによってはどうでもいいことをたくさん書いたけど、肝心のイランの観光です。

イランに興味ない人は
「なんでそんな危ないとこ行くの?何があるっていうの?」
っていうけど、イランは危なくもないし、何もない国ではないです。
ていうか、
見どころ、観光ポイントは、ありすぎるから!!!

どういうわけか今イランツアーが少なくて、選択の余地もなく某社の8日間のコース(実質機内での時間が長いので6日もないが)しかなかったため、都市としては、テヘラン、シラーズ、ヤズド、イスファハンしか行ってません。不満です。
地図を見れば分かるかと思いますが(まあ見ないでしょうけど)、広いイランのほんの一部、北中部から中部を直線でピッと移動しただけ。
あとはその経路の途上にある小さなオアシスや山間の集落に寄ったって感じ。
この、長い歴史を持つ、広い国土には、もっともっと見るべきものがたくさんあるのにいいいい!

ま、しかしほんの一部を直線で観光するだけでも、移動移動移動。半分は移動かってほど移動。バス酔いする人は酔い止め必須。忘れた人は現地でガイドにでも泣きついて買う必要があるでしょうね。
広いんです・・・国土が。
お仕事の合間や、退屈で快適な暮らしの合間の気分転換に来る日本人としては、これぐらいでちょうどいい日数(仕事の休みがそれ以上取れないとか、そろそろ快適な暮らしに戻りたいとか)なんだろうな。
国土の端部分は隣国とのあれこれでちょっとツアーとしては安全に責任を持てない(持ちたくない)ところもありますしね。

イランは世界遺産17件あります。
ね、観るものたくさんあるでしょう?
そのうち8箇所行きました。世界遺産に登録はされてないものの素晴らしい観光名所も行きました。

イランは、人類の歴史としては紀元前6000年ぐらい前から始まります。
文字による記録があるところからが歴史だ、というルールに則っても、紀元前3200年からです。
日本と比べると、話にならないほど長い。
世界最古の文明「シュメール文明」=初期メソポタミア文明が紀元前3500年頃なので、ほとんど同じ頃からある、つまりめっちゃ歴史が長い。
ちなみにシュメールは今のイラク・クウェートあたりに興った文明で、チグリス・ユーフラテス川(この2つの川の源流は現トルコ国内にあり、トルコから南東に向かって流れて、下流で合流して一本になります)の間にありました。
現イランの地域に興った文明は常にこの強大で豊かなメソポタミア文明と隣接しつつ、山脈、砂漠、湿地という地理的条件のために、完全支配を受けることがなく、互いに侵攻を繰り返しつつも独自の文化を形成していったようです。

で、イランの観光地の古いものは、アケメネス朝ペルシア(紀元前550年~)に源があります。
イランはつまりペルシアなのですよ。聞いたことないですか?
見どころ、ありそうでしょう???

今や「厳格なイスラム国家!」ってイメージですが、ペルシアは、西暦660年にイスラムのウマイヤ朝に征服されるまでは、実に1200年余もイスラム教国家ではなかったんです。
その1200年もの間、彼らが信奉していたのはゾロアスター教です。
そして今日、原理主義者がバーミヤンやパルミラを破壊したようなことはイランは一切しておらず、ちゃんと残されていますし、修復もしてますし、異教を信じていたご先祖様に敬意を愛着を持っているようです。
それどころか1979年にイラン・イスラム革命を起こして「厳格なイスラム教国家(十二イマーム派)」になった時でも、イスラム教以外に「ユダヤ教徒、キリスト教徒、ゾロアスター教徒」は国家が定める一定の決まりを守るなら信仰を許されています。

これは、敬愛するご先祖様、ゾロアスター教を信奉したアケメネス朝ペルシアの、イラン高原から東のエジプトの手前で広大な版図を手にした偉大なる初代王キュロス二世の政策に一目置いているからかもしれません(ちなみに2代目の王はエジプトも征服してさらに広げた)。
つまりキュロス2世は、支配下におさめた「異教徒である新しい国民」に信仰を変えることを求めなかったんです。
「どの神を信じていてもかまわない、税さえ納めれば。そして公的な場ではアケメネス朝ペルシアの規範に従えば。」というわけで、アケメネス朝の支配下には、ゾロアスター教を信仰しない民族も多数含まれていて・・・ユダヤ教とかキリスト教とかエジプトとか・・・彼らは別にゾロアスター教に改宗する必要もなく、迫害されることもなく、それまで通りに信じるものを信じて暮らしていられたということです。

この穏やかな支配が、アケメネス朝が広大な領土を維持できた秘訣であることを彼らはわかっている。
そして、アケメネス朝が寛大で平和的であった、ということを今でも誇っているのですね。
だから1979年からシーア派の十二イマーム派を掲げる唯一の国家(国家としてはイランだけです。他のイスラム国家は皆スンニ派です)となった後も、異教徒にも一定の理解と寛大さをもって接するようです。
つーわけで、キリスト教の教会やゾロアスター教の聖堂もちゃんと存在していて、見学してきました。今もちゃんと信者が折々に訪れる、現役の場所ですよ。もちろん信者はコソコソなんてしていません。
国法で存在を許されているので、堂々としてます。
ゾロアスター教の聖堂では、1500年以上絶やされずに燃え続ける火を見ました。ちょっと感動的で震えた・・・1500年て・・・すごくないですか?
撮影も可だったんですが、ガラス越しだったので綺麗に撮れませんでした・・・。残念。

一定の理解と寛大さ、と言いますが、イランでは現在、イラン人イスラム教徒が他宗教に改宗することは許されていません。
また、ゾロアスター教側も信徒を親に持たない人の改宗を受け入れていないので、減ることはあっても増えることはないでしょう。
ただし他の国のゾロアスター教徒は増加傾向にある土地もあります…イランからの信者流入が起きているためです。

660年にイスラムのウマイヤ朝に征服されてのちはずっとイスラム国家でしたが、スンニ派国家とシーア派国家がそれぞれ国土を塗り替えあった時期もあったりしつつ、いずれの時代でも、支配者はイスラム(アラブ人)でも、体制はほぼペルシアを踏襲し、官吏はペルシア人ということで、
「イスラム教は認める。しかし我々はアラブ人ではない、ペルシア人である」
(=一緒にしないでくれ、ってこと?)
という精神性を持ち続けているようですw

そんなこんなで、紀元前550年から今に至るまでにペルシア人が作り続けてきた壮麗な建築や精緻な装飾をメインに、少数民族の文化を受け継ぐ村なんかを見てきたわけです。

最大の見所は、(おそらく誰にとっても)そしてワタクシにとって
・ペルセポリス
・イスファハンのイマーム広場とジャーミィモスク
でした。
これの為に行ったんだ…(^o^)

ペルセポリスは紀元前550年のアケメネス朝ペルシアの首都で、今は抜けるような青空と広大な乾燥地域の丘に、列柱とレリーフが大規模にたたずんでいました。
屋根は木製だったそうで、まったく残っていません。
まずは宮殿群があったあたりに登る階段があるんですが、他の文明の古代遺跡はたいてい急な角度で足場も狭いのに、ここは足のサイズがたとえ30センチでも余裕なほど一段一段が広くて、横にも長く大きく、そして段差がゆるいんです。
段数があるのでちょっと疲れますが、登りやすいことこの上ない。
これは、ペルセポリスが当初から儀式のための都であり、年に一度、王に新年の挨拶をするため、支配領域の代表者たちが上ってくる…当然権力者はご老体が多いので、ヨボヨボでも登りやすいように高さがなく足場も広いんだ、とガイドが言ってました。
あと、足元が危ないとどうしても足元を見る=顔がうつむくから、ちゃんと頭を下げずに前を見て登れるように、だとも。
ゾロアスター教は光=太陽を大切にする宗教なので、太陽を更新する新年の祭礼では、頭を垂れることなく太陽を見ていられなければならないのだ、と。
fmfm.
なんせあまりに昔のことで、しかも当のペルシア人ではなく、アケメネス朝を滅ぼしたギリシア人(というかアレクサンドロス大王はマケドニア人)側の記述しかないので、諸説あるのですけど、一説にはそうである、ということで。

この列柱回廊がじつに素敵だったのですが、もっと言葉を失ったのが、その列柱群の丘から振り返った時の、スパーンと一直線に地平線まで続く、広い広い一本の道。
紀元前550年からある「王の道」と呼ばれるものです。
空間を一直線に走るその道は、どこまでも続いていき、時間も超越しそうな錯覚。
古代へ続くような。
なんだろうな・・・すごいスケールでした。

写真とったけど、気の遠くなるような雄大さや、圧倒的な神聖さ、そして長いときを経て眠りについた静けさは、かけらも伝わらんwww
凄い良いカメラと、確かな腕前がなくちゃダメです。
「ペルセポリス」で検索するとプロが撮ったいろんな画像が出てくるのでそれ見てください。
まあそれでさえ本物にはまったく叶いませんけど。
帰りたくない、ずっと見ていたい、と思いました。


余談>>>
ペルセポリス(イラン)、ペトラ(ヨルダン)、パルミラ(シリア)は、中東の3P(三大「p」の付く遺跡)と言われていて、その中でペルセポリスはガッカリすると一般に言われてます。
一番美しくないというか、一番壊れていて素敵なものがないというか、そういう理由で。
が。
私は他の2つを見たことはないし、破壊が進んで往時の姿を留めない哀愁にこそ時のうつろいを感じて感激する、いわゆる「廃墟萌え」だし、3つの中で最も古いのだから、がっかりなんて思わないぞ。

それに、今のところパルミラは見ることが出来ません。
あの荒れ狂っているシリアにあって、今年にISからやっと奪取されたばかりで、ISの支配領域下にある間に壊されているところもあり、そしてつい先日、まさにこの旅に出ている間の11日に、再びISに奪われています。
おもったほどには破壊されていないとも言う一方で、修復し得ない傷を負ったのも事実で、さらにまた破壊されるかもしれない・・・
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